あずまし津軽民謡祭

コンサート日記3

あずまし津軽民謡祭

民謡ほど、多くの解釈がある音楽も珍しいと思う。シンプルに考えるならば、地域に根付き、長い期間をかけて庶民に歌い継がれてきた歌謡、ということだと思うが、一般的なイメージは、若い人にとっては地元のお祭りでしか聞くことのない、どこか垢抜けない自分とは無縁の音楽、という感覚なのだろう。

ただアメリカではフォークソングであったり、イタリアのカンツォーネやフランスのシャンソンももちろん民謡。日本でも沖縄民謡はまた違った響きを持った新しいジャンルとして、世界にも認められている独自の民謡だ。変な先入観や偏見は捨て、一度民謡をひも解いてみるというのも実に楽しい音楽探求だと思う。そんな思いにさせるイベントを企画した。

2012年、1月18日。日高管内新冠町。馬産地として全国に名高いこの地は、レコードと音楽によるまちづくりを行っているユニークな地でもある。『あずまし津軽民謡祭』と題したイベントは、その名のとおり津軽民謡をテーマに歌と演奏、踊りを満喫できるお祭りステージ。東京、仙台、青森から精鋭5人が集い、ただ一度だけのコラボレーションが実現した。

どの演奏も、無駄の無い研ぎ澄まされた世界。それは「無機質」や「合理的」ということではなく、いやそれどころかある意味対極に位置するものだった。民衆の汗や笑いやさまざまな感情が入り混じった体温が感じられ、地域の絵が浮かんでくる生々しい演奏。時代の流れと共に濃縮されていった歌詞とメロディが、まさに津軽以外の何者でもない空気を醸し出して来た。これぞ民謡の醍醐味なのだと知る。

たとえば松田隆行、山田里千美、浅野咲千絵による『津軽じょんがら節』の曲弾き三人バトル。そこには性別や年齢を越えた人としての魂のぶつかり合いを感じた。歌うように、踊るように、泣き出すように、振り絞るように叩きつけるバチさばきは、お互いの感情を確かめ合いながら、そして自分自身の命を感じながら、ひとつの楽曲に美しく昇華させていった。

また青森県手踊り名人位の称号を持つ石川善梅は、民衆の歓喜が乗移ったかのように時を忘れ、切ないほど艶やかに舞う。それは世の邪念を振り払うかのような、尽きることのない純粋な人間としての姿に写った。

これらの津軽民謡をひとつのコンサートとしてまとめあげたのは須藤圭子の力量だったと思う。シドニー、ニューヨーク、パリなど多くの舞台経験のある須藤は、歌だけではなく、時には津軽弁東北弁を交えながら、実に巧みに進行役もこなした。こうして唯一度のメンバーによる津軽民謡祭は大成功のうちに終了した。

会場に訪れた町民は、時を忘れ、ひとときの日本人の魂の祭りに酔いしれることが出来たに違いない。密度の高いパフォーマンスを完成させた5人はコンサート終了後も、そのテンションは変わらず打ち上げへとステージを変え、さらに宴は続いた。彼らは民謡をこよなく愛している。

さらに言うなら、津軽の人を、まちを、歴史を。その全てをありのままに受け止めて民謡という空気で呼吸しているのだ。ステージはその一端にしかすぎない。本来、民謡は民衆の日常に根付いた歌。だからステージという公共の空間では表現できない本来の歌詞もあったはずだ。それは放送禁止用語だったり、猥雑な大人の本性を語ったものだったり。民謡を歌い継ぐ演奏家達はそんな歌の背後にある多くの事実と真正面に向き合いながら、この世界の純粋な素晴らしさをかみしめているに違いない。だから打ち上げの場も立派な民謡の舞台となる。2次会のホテルの部屋も、帰りのバスの中も、全てが民謡の舞台。そのステージはどこまでも続いていく。場を変え、時を変え、また新たなメンバーとの触発を通じて、民謡はどこまでも深く広く永く、歌い継がれていくのだろう。

『あずまし津軽民謡祭』2012.11/18(日) 新冠町レ・コード館町民ホールにて実施。東京、仙台、青森から集まった民謡界の実力派による津軽民謡の競演。出演者全員がひとつになった熱いパフォーマンスに、会場に詰め掛けた新冠町民は魅了された。
*文章内に出てくるアーティスト名は敬称略させていただきました。

『あずまし津軽民謡祭』のポイント

ポイント1
全国で活躍中の津軽民謡界の第一人者が一堂に集結。 東京、仙台、青森と、各地で活躍中の実力派が、新冠町に集まり、ただ一度の競演が実現されるといった画期的なコンサートとなりました。

ポイント2
地元スタッフが取り組んだ貴重な経験 今回のコンサートにあたり、地元スタッフが一体となり、運営・進行・販売活動を手がけました。それは新冠町の貴重な経験・実績となりました。